ヒューマンライブラリ④:ASD等の属性を持つ子の親である社員へのインタビュー
<1、3の文責・榎澤幸広(名古屋学院大学現代社会学部准教授)、2、4の文責・株式会社アイエスエフネット ダイバーイン雇用委員会・ダイバーイン推進課)>
1.はじめに
今回は、2024年度ヒューマンライブラリ(名古屋学院大学現代社会学部榎澤ゼミ×アイエスエフネット)にて、10月28日、難病やADHD属性の社員以外に、学生インタビューを受けて下さったASD等の属性を持つ子の親である社員に関する記事です(前回記事は「ADHD」の社員(2月21日配信))。
ヒューマンライブラリ③:ADHDの社員へのインタビュー | アイエスエフネットの日々
アイエスエフネット側から2024年7月、「「当事者の親」が登壇してくれるかもしれないけど、当事者じゃなくて大丈夫でしょうか?」という提案がありましたので、私は「ぜひお願いしたい」と即座に回答しました。
当事者に関わる最も身近な存在である親がどのような経験や工夫をしているのか、学生や私が知ることができることはものすごく重要と考えたからです。人は一人では生きていけず、誰かとの関わりのなかでこの人生を生きています。例えば、心身に不調がある場合には、ケアしてくれる存在が必要になります。この点、最近、「ヤングケアラー」という言葉がこの社会に徐々に浸透してきましたし、子ども・若者育成支援推進法が改正され、ヤングケアラーに関わる条文も規定されました(2条7号、15条)。
子ども・若者育成支援推進法 | e-Gov 法令検索
ちなみに、“ケアラー”とは、日本ケアラー連盟によれば、「こころやからだに不調のある人の「介護」「看病」「療育」「世話」「気づかい」など、ケアの必要な家族や近親者、友人、知人などを無償でケアする人のこと」を指すとしており、続けて、「現在の日本の介護者の約7割は家族が担っています」という文言も見受けられます。
ケアラーとは – 日本ケアラー連盟
話は戻って、即答してしまったものの「当事者の親」という情報だけだと、インタビューする学生が質問を作成しにくいのでより詳細を確認すると、その社員のお子さんは、「ASD ・iQ70代前半の境界知能 ・小学生低学年時からほとんど登校はしていない」と三つの要素が交差していることが判明しました。まずは前二者の一般的な内容に関して、専門家やニュースの記事から引用させてもらいたいと思います。
はじめに、国立精神・神経医療研究センターホームページでは、ASD(自閉スペクトラム症)について以下のように説明しています。
言葉や、言葉以外の方法、例えば、表情、視線、身振りなどから相手の考えていることを読み取ったり、自分の考えを伝えたりすることが不得手である、特定のことに強い興味や関心を持っていたり、こだわり行動があるといったことによって特徴付けられます。自閉スペクトラム症は、人生早期から認められる脳の働き方の違いによって起こるもので、親の子育てが原因となるわけではありません。
自閉スペクトラム症(ASD) | NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
次に、NHK首都圏ナビの記事によれば、“境界知能”について以下の説明がされています。
一般に知能指数は85~115が平均的、おおむね70を下回ると知的障害にあたるとされています。そして、その狭間に位置するのが境界知能の人たちです。統計学上は日本の人口の約14%(約1700万人)、7人に1人いるとされています。このうち、日常生活に困難を抱えている人が少なくありません。
境界知能とは 特徴は 検査でIQ81と判明した女性 仕事や学習で長年悩むも“支援がない” | NHK
後日、学生たちにこの三つの交差を伝えると、「一つ一つについて考えるだけでも大変なのに、どのような質問を立てたらよいのだろうか」という相談が相次ぎました。予想通りの嬉しい反応でしたので、「まずは一つ一つ調べてみよう」とか「難しければ、一番聞きたい部分について徹底的に調べたらどうだろうか」などのアドバイスをすると同時に、“交差性(Intersectionality)”の話も少し紹介しました。
ちなみに、このヒューマンライブラリに関わる、株式会社エニシア代表取締役の市川武史氏、アイエスエフネット、そして私は2月14日、愛知県主催の『あいち人権ユニバーサルイベント 「LGBTと多様なアイデンティティ-複合マイノリティの視点を知る-」(オンライン開催)』にて、登壇者として「交差性」について話をしてきましたので、愛知県が位置づける「交差性」概念などを以下に少し紹介したいと思います(愛知県県民文化局人権推進課『あいち人権推進プラン』(2024年3月)、38頁)。
「あいち人権推進プラン」を策定しました – 愛知県
交差性(インターセクショナリティ)は、様々な人権課題が交差したときに起こる、差別や不利益を理解するための概念です。この概念は、アメリカにおいて、従来のフェミニズムを批判するために用いられたのが始まりで、黒人女性が受ける差別は、黒人差別と女性差別だけでは説明ができず、差別が重なり合うとそれぞれが独立した状態では生じない差別になるということを説明したものです。……また、交差する属性は2つだけでなく、さらに重層化していき、重なれば重なるほど、その困難さは深刻になっていきます。
一人ひとりのこの社会での生きづらさをより丁寧に認識しようとするこのような考え方は1947年施行の日本国憲法からも読み解くことができると私自身は思っております。一人ひとりが憲法や「交差性」の考え方を念頭に置き、他者とコミュニケーションをとり経験値を重ねていくことで、よりよい社会を築く道が広がっていくと思います。小難しい話をしてしまいましたが、今回登壇して下さった社員の話は、学生コメントを読む限り、その一歩になるだけでなく、それ以外の様々な気づきも与えて下さる内容だと思います。
以下の構成は、「2.アイエスエフネットの取り組み&ASD等の属性を持つ子の親である社員に関して」、「3.学生コメント」、「4.次回予告」の順となっております。昨年度のヒューマンライブラリは、登壇社員に対する学生のインタビューのみでしたが、昨年度登壇社員の要望も受けて、今年度はインタビュー後、社員同士の交流対談も追加されました。2章にその内容の一部が示されておりますので、この点もふまえ読んで頂けますと幸いです。
※インターネットリンク先は2025年2月24日確認のものです。
2.アイエスエフネットの取り組み&ASD等の属性を持つ子の親である社員に関して
アイエスエフネットグループが掲げる人権方針に基づき、当社では「ダイバーイン(※1)雇用」に取り組んでいます。個人が抱えるさまざまな特性や個性によって就労困難な方に対し、環境や仕組みを作り上げることで、本人や周りの方々が安心して働ける場を提供することを目標にしています。
今回の記事では、「ASD等の属性を持つ子の親である社員」を取り上げます。ご本人が障がいや特性を抱えていなくとも、身近な人が当事者である場合、配慮が必要になる場合があります。アイエスエフネットでは、管理職向け研修を実施し障がい特性への理解促進を進めています。また、仕事や家庭に関わらず相談できる窓口も設置しています。
(※1)ダイバーシティとインクルージョンを掛け合わせたアイエスエフネット独自の言葉
【登壇者のご紹介】
氏名:W.T.さん
自己紹介:
妻と小学生の息子と三人で神奈川に住んでいます。
小学校入学後に上手く環境に適応できないことが多く、1年生の終わりに風邪を引いて休んだ日から不登校になりました。その後、およそ1~2年の通院で発達障がい(ASD特性)があると診断されました。
そこまでの過程でもいろいろと悩んだり大変なことも多くありましたが、この出来事があったからこそ子どもと向き合う時間が取れ、元気になっていく子どもから自信とポジティブさをもらいました。またこのことをきっかけに、ストレスとの向き合い方や自分らしさを考えるようになり、ものすごく人生が楽しくなりました。
最近のブームは息子をバイクの後ろに乗せてスーパー銭湯に行くことです。
学生の皆さまへのメッセージ
世の中上手くいかない、理不尽だと感じることってありますよね。たださまざまな視点から物事を見ると、それは自分を成長させてくれる出来事だったり、実は楽しいことなのかもしれないと思ったりもしています。
私もまだまだ勉強中ですが、皆さまと一緒に学ぶことで少しでも生きやすい優しい世の中にできればと思っています。
いつか皆さまのお話も聞ける機会があれば嬉しいです。今回は多くの学びをありがとうございました。
対談相手へのメッセージ
今回初めてお話したとは思えないくらい、共感できるポイントも多く、お話を聞きながらずっとうなずいていました。
「マイノリティとして特定のカテゴリ分けをされていても、人によって配慮してほしいことは違う」という話の中で、ここの理解を深めていくには失敗を恐れず、相手を思いやったコミュニケーションや対話を重ねていくことが大切だと再認識しました。非常に楽しい時間を過ごせました。今回はありがとうございました。
氏名:ひなさん
自己紹介+学生の皆さまへのメッセージ
https://www.isfnet.co.jp/isfnet_blog/index.php/2024/03/29/2829/
対談相手へのメッセージ ヒューマンライブラリの感想
今回は登壇者同士の対談をメインに登壇させていただきましたが、ペアの方との対談が大変意義深かったです。
種別は異なれどお互いの経験を共有させていただき、改めて共通の悩みがあったり、見えていなかった視点もお伺いすることで自身の考え方も広がり、整理することができました。
参加者の皆さまとの絆や共感の重要性を改めて感じ、今後もこのような機会があればぜひ参加させていただきたいと感じております。昨年に引き続き今回もありがとうございました。
3.学生コメント
- 今回は当事者の親という立場の社員のW.T.さんにお話を伺いました。W.T.さんは、人のために何かをするというISFnetの理念に惹かれたため入社を決めたそうです。
私が印象に残った点は二つあります。
一つ目は対談のテーマとなった「配慮のバランス」のです。
困りごとはその人の価値観や生きてきた背景によってそれぞれ違うため配慮の定義づけが難しいです。だからこそ対話を通してその人のことを知ろうという気持ちが大切と対談されていました。これを聞いて私は相手に質問をする、立場や感情を理解し相手のことを知ろうという気持ちが人間関係において重要であることを再確認することができました。ISFnetには様々な属性の社員の方がいらっしゃいます。そのためそれぞれがお互いのことを思いやって行動することで居心地の良い会社になっているのだと感じました。
二つ目は「お子さんとのコミュニケーションの方法」です。
お子さんに対し叱ったりすることがめったにないとのことでした。そんなW.T.さんですが社会のルールについては厳しく言うとのことでした。この先の社会生活を送るうえできちんと生活ができるようにと愛情をもって接しているのが分かり強く印象に残りました。(3年 O.M) - 今回は貴重なお話を聞かせていただき、勉強になりました。ASDをもつ子どもの親にお話を伺い、その体験談から、多くの学びを得ることができました。
まず印象的だったのは、子どもへの向き合い方の工夫です。親は子どもの行動や反応を否定的に捉えるのではなく、ポジティブな視点に置き換えて対応していました。90位の順位をとった際には「90位ってめずらしくない?」と発想の転換により、子どもの個性を尊重し、より良い関係を築くことができているようでした。
また、職場環境についても興味深い話を聞くことができました。現在の会社ではASDに対する理解が深く、症状に配慮した対応がなされているそうです。特に、前職と比べて有給休暇の取得がしやすくなったことが大きな変化だったようです。周囲の同僚も優しく、「お互い様」という気持ちで接してくれるため、心の余裕ができたとのことでした。
この体験談を通じて、ASDをもつ子どもとその家族への支援の重要性を改めて感じました。社会全体で理解を深め、互いに支え合える環境づくりが大切だと感じました。(3年 S.Y) - W.T.さんは仕事をする傍ら、お子さんのケアはもちろん奥様へのケアを怠らない点に、私は非常に感銘を受けました。奥様に育児を任せきりにするのではなく、両者でバランスを保って助け合いながらお子さんに向き合っているのだと感じました。リフレッシュする時間を互いに設けて、ストレスがたまらないようにされていました。
また登壇者の方の対談では配慮のバランスについて話されていて、何でも正解を追い求めるのではなく、歩み寄って理解しようとすることが配慮につながると感じました。理解しようとする中で、聞き方や話の切り口を変えるなどストレートに聞くのではなく、相手に嫌な思いをさせないような配慮も大切だと感じました。
インタビューの質問も登壇者の方が不快な思いをしないように心がけたので、これからもその気持ちを忘れることなく生きていきたいと感じました。(3年 柴田空) - 私自身ASDという名称を知っていただけで具体的にどのような特徴があるのか全く知りませんでした。そのため、当事者家族の方の話を聞くことが出来て知らない事を知る事が出来ました。インタビューの中で、W.T.さんが「人によって配慮してほしいことが違うから全員にあった配慮が難しい。だから、まずは病気について知ってほしい。」と仰っていた言葉が特に心に響きました。W.T.さんのお子さんには怒りがコントロールできない、大きな音に耐えられないといった特徴がありましたが、必ずしも他の方も同じ特徴を持っているわけではないという事にとても驚きました。今回の話を聞いて私は人には色々な事情がある事を知りました。まずはその人のことを知り、予期せず相手を傷つけない為にもその人がどんな配慮を望んでいるのかというのを知ってから配慮をする事が大切であると感じました。(3年 福井晴斗)
- 僕には同じ属性をもつ小学6年生と年長さんのいとこがいます。どう言った内容なのか理解が深くなかったのですが、今回の対談をきっかけに一致している点が多く、これから会う際に参考になることが多かったです。
月に1回僕の家に遊びに来て、1日中相手することがあるのですが、僕は否定することをしないようにしていて、本人の話をしっかり聞いたり褒めることを心がけておりました。それが症状を和らげることにも繋がると伺ったため、今後も続けていこうと考えました。
そしてW.T.さんが最後に仰っていた、「言っちゃいけないことは理解して言わない、聞いてほしくないことを万が一聞いてしまった場合でも謝罪をすること。これを恐れて質問せずに距離をおくことがないようにすること。これらを心がけて誰とでも平等に接すること、そのうえで失礼があっても誤り良い関係構築をしていくこと」を頑張りたいと思いました。(3年 匿名) - W.T.さんのお話で印象深かった点を三点にまとめてみました。
・7年前子供が命にかかわる大きな病気を患った。そのため、社会貢献できる仕事に就きたいと思った。し、看護師さんに影響されて、ISFネットに転職した。そこで働いている人は人を大切にしていると感じ、感銘を受けた。
・ISFネットは有給制度がありそれで助かっていること。
・子育てで大変だったことは子供の不登校、ゲームで負けたりすると怒るところ、オンライン会議などで子供の声が聞こえるところなど。
これは子供を授かったら誰でもこのようなことが起きてしまう可能性があると思いました。また、在宅勤務は、職場で働くよりメリットしかないと思っていましたがこの三点目のようなデメリットもあることも初めて知りました。
この点、ISFネットで働いている人はちゃんと理解してくれる人が多く、子供事情をオープンにしているので相談しやすいという所も印象に残りました。
今の社会は、情報技術が発展していて相談しにくい社会になっていると思うので、このように関心がある人が集まって働いているISFネットは、W.T.さんにとってとても助かる職場になっているんだなと思いました。(2年 匿名) - インタビューの中で印象に残っているのは、できて当たり前という環境の中にいると気持ちが下がっていってしまい、このような環境にいることが原因で症状が悪化している可能性もあるというお話です。日常生活の中で、それができて当たり前だと決めつけているつもりはなくても無意識に当たり前は作ってしまっていると思います。また、私自身も周りの環境によって物事の結果が変わる経験をしたことがあるので、周りの環境の大切さを改めて知ることができたし、当事者の方が生活しやすい世の中にするためには当事者以外の私たちがその環境を作っていく必要性があるということに気づくことができました。また、社員さん同士の対談の中で、同じ属性の方でもそれぞれで配慮してほしいことが違い、線引きができないことから配慮のバランスが難しいというお話がありました。当事者の方と距離を置いてしまうと何も分からない状態になるため、関わりの中で配慮のバランスを知っていく必要があると聞き、これから疑問に思ったことは積極的に聞いていきたいと思いました。今回のインタビューを通してこれからの現代社会を考えるうえでのヒントをもらうことができて良かったです。(2年 今井そのか)
4.次回予告
次回登壇者の属性は、ワーキングプアです。今年は学生からのインタビューに加えて、異なる属性をもつ社員同士の対談を実施しました。昨年同様にインタビューした学生コメントや対談相手へのコメントなどを3月中旬頃掲載予定ですので、引き続き閲覧していただけたらと思います!